成果が見える忘年会

ここでも最年少の市場開発部長だったから、ポスト、収入、人間関係、いずれも恵まれていたと思う。

当時のKカコーラでは、私が日本人であるかぎり絶対に社長になることは不可能だった。 かぎりなく100パーセントに近い確率だと感じた。
アメリカ企業の欠点の1つとして、振り子の揺れ方が極端だ、という点がよくあげられる。 私か在任中、それまでトップが外国人だったところ、慶応大学卒のIさんという技術系トップが日本人初の社長に就任することになった。
やがて、業績が低迷しはじめる。 すると突然、この日本人社長が外されてしまうのである。
振り子がアメリカンからジャパニーズに振れたのが、またアメリカンに、ウェスタンに振れるのである。 外国人がトップになると、部長からマーケティングディレクターまでがすべて外国人へと替わってしまった。
この舞台裏で、私自身は、たとえ日本人でも副社長にはなれるだろうと考えていた。 同時に、副社長にはなれるが、社長には金輪際なれっこない、ということでもあった。
ビジネス人生を歩んでくると、「鶏口となるも牛後となるなかれ」で、一度しかない人生ならば、トップを極めてみたい。 そう感じるのは無理もないと思う。
だが、この可能性がかぎりなくゼロになってしまった。 この事実を知ったのは、アメリカ勤務のときだ(そのときはKカーコーラカンパニー.オブーカリフォルニアにいた)。
そのころ、ちょうどヘッドハンター氏から連絡が入るのである。 「Jンソン.Aンド.Jンソンが日本法人の社長候補を探している。

で、あなたに白羽の矢が立っているから、転職を考えないか」半年後に帰国し、日本Kカコーラに戻ると、状況はやはり変わっていない。 相変わらず、外国人主導ですべてが進められている。
片や、100パーセント、トップの芽はない。 片や、社長のポストを約束はしないけれども、成果を出せば、社長就任の可能性が十分にある。
「わかりました。 やりましょう」チャンスがゼロでなければやってみるだけの価値があるのではないか。
私は腹をくくったのである。 Sル石油からKカーコーラヘの転職は、規制にとらわれずに暴れてみたかったからだった。
KカコーラからJンソン.Aンド.Jンソンヘの転職は、トップポジションへの可能性に懸けた。 42歳で常務、43歳で専務、45歳で日本人初の社長に就任するわけである。

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